開田の荘

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上開田区はどんなトコ?
上開田区は、マキノ地域の北東部に位置し、知内川と山・田園に囲まれた閑静な農村地帯にあります。
生活環境面では、簡易水道が昭和28年に完成(県下で2番目)、集落内の道路(4m)、消雪パイプの設置など、早くから取り組みが進められています。
現在、集落の世帯数は33世帯、約80名が居住しています。十数年前から大きな変動はありませんが、若者の多くが大学進学や、 就職で集落を離れるため、最近は高齢化が進んできています。
区の共同活動や伝統行事の継承についても、人口減少及び高齢化よりその機能の低下が心配されています 。
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第一日曜:
14日:

初総会
どんど焼き

第三日曜:

22日直近日曜:

春の井たて・用水路床浚え作業
春の例祭

最終土曜日:
最終日曜日:

虫送り
野止め

第二日曜日:

知内川堤防
草刈作業

初旬:

クリーン作戦

16日:

薬師堂定期法要

下旬日曜日:
~11月:

開水路除草作業
親睦社会教育体育事業

17日:
下旬:

秋祭り
消雪パイプノズル調整

第一日曜日:

神事

集落内施設紹介

「上開田草の根ハウス」

集落の中央にあり、平成10年に建築されました。役員会や総会などの区の会議をはじめ、様々な行事で使用されます。

「作業所」

集落のほぼ中央にあり農業機械や、消防ポンプ・除雪機などが保管されています。作業所内にある精米機は区民が利用でき、料金は200円/30Kgです。

「ゲートボール場」

薬師堂の隣にあり、老人会などがゲートボールを楽しんでいます。

「児童公園」

集落に入ったところにあり、ブランコ、すべり台が設置され、子供の遊び場として利用されています。

「坂本神社」

集落の奥まった南側の山を背にしたところにあります。上開田区と下開田区の氏神として、木角宿禰命(キツノノスクネノミコト)を祭神として祭っています。創建は不明ですが、武内社のため、平安初期以前の県立と考えられます。

「称念寺(ショウネンジ)」

草の根ハウスの隣にあります。浄土宗鎮西派に属し、本尊は、阿弥陀如来です。現在は無住となっています。

「善永寺(ゼンエイジ)」

坂本神社の隣にあります。曹洞宗に属し、山中の常栄寺末寺、本尊は文珠菩薩です。現在は無住となっています。




集落近隣にある他の施設

「マキノピックランド」

蛭口区と寺久保区などにまたがった甲子園球場の15倍の広さを持つ関西最大級の複合果樹園です。さくらんぼ園、ブルーベリー園、ぶどう園、りんご園、栗ひろい、芋掘りと春から秋まで楽しむことができます。また敷地内にはサッカーコート程の多目的グラウンドや日本グラウンドゴルフ協会認定のグラウンドゴルフ場、レストラン、野菜の販売場などもあります。

秋にはカントリーフェスタ(収穫祭)があり、別名「栗祭り」と言われています。

「マキノ高原」

昭和の初期にマキノスキー場としてオープンしたマキノ高原。現在は、オートキャンプ場、グラウンドゴルフ場などを備えたアウトドアスポーツの拠点として、赤坂山をはじめとする野坂山地への登山ベースとして、春夏秋冬四季を通じて訪れるお客様を魅了しています。

また、マキノ高原には温泉施設レストランを備えた「マキノ高原温泉(さらさ)」があり、観光客で賑わっています。

「マキノ土に学ぶ里研修センター」

高島市の総合体験研修施設です。(別名:マキノ公民館)マキノ地域における体験学習の基点として機能し、多目的ホールやグラウンド、各種体験施設などを備えています。近くには、「マキノ図書館」「マキノ資料館」があります。

上開田では、古くからの良き伝統が残され、多くの熱心な区民や信者に支えられ、伝統をしっかり受け継いでいます。行事やルールをしっかり理解し、また解らないことはご近所さんに聞くことも大事です。

薬師さん

上開田区では、「私たちが元気で過ごせるのは"薬師さん"のお陰です」と、区民の皆さんの"薬師さん"に対する信仰心は厚いものがあります。

薬師堂には、薬師如来像が安置されています。この薬師如来像は、明治42年(1909)に国宝に指定されましたが、現在は国指定重要文化財に登録されています。ヒノキの一本造り(高さ 21.5m)で平安後期(藤原期)につくられたとされます。平素は厨子の奥深く秘仏として安置されており開扉のとき以外は、余程の事がない限り地元の人でも用意に拝謁することが出来ませんが、33年目に一度の本開帳に、この仏像に巡り合うことが出来ます。

「月参り」

隣組組織の輪番で、毎月8日に、お花・赤飯・菓子をお供えします。午後から区民が集まりお参りを行います。

「定期法要」

毎年8月16日に行われる定期法要は上開田区で一番大きな行事です。大在の信者がお参りになり、午後から大般若経600巻の奉典が行われ、終了後、子ども神輿や模擬店でにぎわいます。

「本開帳」

3日間行われます。昔は、参道に露店が並び、多くの信者で賑わいました。本開帳には、薬師如来像の右手から紐、晒しを繋ぎお参りのお手引きをします。昔は各家の玄関まで紐がつながれていました。

坂本神社春の例祭

春の例祭には、坂本神社を氏神とする上開田区と下開田区が隔年交代で当番にあたり、原則、毎年4月22日直後の日曜日に行われます。

春の山野や湖の幸をそろえて神仏に供え五穀豊穣を祈ります。祭りには神センを神社に供えます。

この祭りにはウグイ鮓を供える風習があります。昔、坂本神社の神輿が知内川に流され、川から上げられた神輿の中にウグイが入っていたからといわれています。

「準備」

祭礼の前日に準備を行いますが、上開田区では東と西に分かれ、隔年輪番で準備作業を行います。

当番は朝八時に草の根ハウスに集まり、神センやしめ縄を手分けして作ります。藁で作ったツトには、わらびや七品を入れる容器で八つ作ります。ツトは熟練のいる作業ですが、年配者から若い人たちにその技術は受け継がれています。ウグイ鮓は、二匹を一匹づつ半紙に巻いて水引で3箇所をくくり、割青竹にはさんで笹竹日本に麻縄で吊り下げます。このほか、お稚児さんが頭に載せる輪や篠竹を割って輪にした供え物を載せる皿を作ります。ウグイは前もって内臓を取り除き飯を詰め6ヵ月ほど漬けておきます。

「当日の次第」

当日朝、草の根ハウスで一同がお祓いを受け出発、午前7時に坂本神社の鳥居前で上開田と下開田の総代の挨拶交換式が行われます。

行列は太鼓餅を先頭に、宮司に続き、宮守・お稚児さん・御供持ち・掛魚が二組続き、最後に樽持ちとなります。

お稚児さんは、小学一・二年生の女児で、赤い着物に黒の袈裟襷、幅広のピンクの鉢巻姿で額に朱をつけます。最近女児が少なくなり、何回もお稚児さんを勤める人や、親戚の女児たちが務めることもあります。

神社に着くと神センは、本殿・やくし・狛犬・小宮さんに供えられ、竹の輪を本殿の屋根に投げ祭典が始まります。お稚児さんは祭典が終わるまでの約一時間、御幣を持ち本殿の高欄で過ごします。

祭典の後は社務所で、ウグイ鮓によりちょっかいが行われます。

上開田の風習

「どんど焼き」

毎年、1月14日にどんど焼きを行っています。また、宮守交代の年(隔年)には、この日に新旧の引継ぎ、交代が行われ、新しい宮守がどんど焼きの準備、点火等を行っています。

「春の井たて(山王祭)」

この日に、田植えに必要な水を知内川の上流(一の井)へ取りに行きます。この水は夏の渇水期でも枯れたことがないようです。

「虫送り」

当日、区民が草の根ハウスに集い豊作を祈願します。また、豊作物を虫から守るため宮守2名"薬師さん"の祈祷札を竹に挟み集落の境界(西・南・北)に立てに行きます。昔は、火は虫を呼ぶといわれ「菜種がら」で"たいまつ"を作り、その"たいまつ"に火をつけ田の下に立て、虫を誘う行事が行われていました。

「野止め」

虫送りの翌日は「野止(ノドメ)」といわれ、春の農作業の疲れを取るため、午後6時までは農作業は休むことになっています。

「お日待ち」

11月17日午前に宮司さんが各家庭の炊事場(昔は火を使うかまど)を清めに回ります。昔はかまどに鏡餅・焼き魚を供えたそうです。

「秋祭り(湯の花)」

11月17日午後から、坂本神社において石で作ったかまどで湯を沸かし、熊笹についたお湯を本殿・小宮さんに供え、収穫の感謝と、区民の無病息災を祈願します。境内には竹四本をしめ縄で結び、四隅にイワシを供えます。昔は巫女さんも式典に加わっていたそうです。

「神事」

毎年、12月の第1日曜日の正午から「神事」という年中行事を行います。現在は、区民が草の根ハウスに集い、坂本神社の御神酒を載き日常の健康と安泰を感謝したのち、区民の親睦を深めるため懇親会を行っております。

この神事は、11月(神無月)に出雲大社に出かけられた神様が、12月の巳の日にお戻りになり、身に着けられていた「はばき」をお脱ぎになるとの云われから、神様をお出迎えするために行われるようになりました。また、昔はこの神事に合わせて伊勢神宮への代参2名を決めていました

日常的なルール

「有線放送」

各家庭に設置されている有線放送を使い、区・農業組合からの寄合いや行事、区民の訃報等のお知らせをします。

「ゴミ出し」

日程や仕分け方法は、高島市の要領により行っています。集落内の集積所は可燃物(2箇所)、資源ゴミ(1箇所)があります。

「結婚式」

最近は結婚式場やホテルで行われることが多くなってきました。近所への挨拶回りも最近では少なくなっています。

「お葬式」

区長が有線放送を通じて区民に訃報のお知らせをします。

ほとんどが火葬になっていますが、葬式は家で行われることが多く、飾りつけなどを手伝う風習は残っています。各家よりお通夜に「サエグサ料」として1,000円を持って悔やみに行きます。

上開田の豊かな水、自然環境に取り囲まれた動物や植物等の紹介をします。

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上開田の豊かな水、自然環境に取り囲まれた産業の紹介をします。

美味しいお米

昔からの主な産業は農業です。農業用水として使われてきた知内川は、歴史的にも田畑への浸水、堤防の決壊などを繰り返し、昭和47年度の豪雨災害をきっかけに根本的な改修がなされました。その後、農業の近代化に迫られ、昭和53年から5年にわたって一大事業である「ほ場整備事業」が進められました。「上開田のお米は美味しい」と言われるのも、恵まれた水の元、農業に携わってきた先人たちと、近代農業に取り組まれた先輩たちの苦労を忘れることは出来ません。

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